前回「死者の意思を勝手に代弁」と言ったのですが・・・。
前回 「死者の意思を勝手に代弁」という文言が出て来ました。
前回書いていたのは、せめて仲の良い家族程度の親しさでしか、死者の意思を代弁するのは難しいよね・・・。という内容でした。関係無い大学教授やら活動家、マスゴミが勝手に代弁するのは論外でしょう。
で。これもネットで話題になったネタですが、
「平和学習のイタコ芸も駄目なのでは」という指摘が出て来たのです。
最近、原爆やら平和学習やらで、語り部が代替わりしたりしたニュースがありましたが、本人じゃ無い語り部って何か胡散臭いですよね。だいぶ前にテレビで紹介されてたときに、何か微妙感というか違和感というかを感じたのですが、その正体がこの指摘です。
ぶっちゃけると、人間の記憶なんて何回も思い出したり話題に出したりしていくうちに、改変されていく(去年の放送大学で見たのですよ。メチャクチャ変わっちゃうのですね。)のが実験的にも確認されています。あれですよ・・・自称従軍慰安婦の発言が、時間とともに改変されていく件です。
ましてや。話を聴いただけの語り部なんて、聴衆にあわせて(本人も気付かないうちに)誇張したり改変したりしてしまっても当然です。「死者の意思を勝手に代弁」しちゃうのですね。
・・・・・・ということで、その指摘が「平和学習のイタコ芸も駄目なのでは」という言葉なのです。・・・・・・その通りですよね。語り部は(記憶は怪しくても)本人だから意味があるのでして、代替わりしたら小説の朗読と一緒ですもの。・・・・・・これも平和学習利権になっちゃっている気がするなあ・・・・・・あー胡散臭い。




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