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2026年6月11日 (木)

日本初、安倍総理の銅像が建立

 長野県阿南町に、日本初の安倍総理の銅像が建立されたそうです。

 台湾にあるのに何故日本に無いのかと不甲斐なく思っておりましたが、ようやく日本でも建立されたことを嬉しく思います。

 ちなみに、産経新聞のサイトには、記事の他に動画もありますので、ぜひ皆さんも見てみて下さい。記事にもあるとおり除幕式には安倍昭恵夫人が参列されたようですが、記事の写真を見ると他にも石平議員や杉田元議員も出席されたようです。

 

 それでですね。銅像が建立されたのは、「安倍神像神社」という神社の境内だそうです。この神社の存在は知っていたので、ぶっちゃけ名前からしてネタ神社の一種だと思っていましたが、今回の件で、なんか本物の神社になった感がありますね。あと、元がネタ神社にしか見えないところからも、マスゴミが騒ぎにくそうなのが良いですね(笑)。

 これを契機に、安倍総理の銅像や安倍総理をお祀りする神社がたくさん作られると良いですねえ。・・・というか、徳川家康のように神格化(日光東照宮)されるのはもっと先かと思いましたが、意外と早かったです。定年後に一度参拝に行きたいなあと思います。

 ※ 銅像は銅器の街で有名な高岡市(富山県)で製作されたそうで、産経新聞以外に富山新聞(北國新聞)のサイトでも、この件に関する記事を見ることが出来ます。(富山県の新聞は他に北日本新聞もありますが、こっちは朝日新聞の手下みたいな嘘吐き左翼新聞らしいので、この件は載っていないと思います。)

 

2026年5月15日 (金)

第一、第二砲台や、灯台を見終えて。  サマータイムレンダ聖地巡礼記その19 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 友ヶ島に来て、第1砲台 第2砲台 南方先生の松 などの聖地の他、友ヶ島灯台や富士屋別館の廃墟なども見て回りました。写真の時刻データを見るに、一時間あまり歩き回っていたようです。
 こまごまと登ったり下りたりして幾つもの施設を見て回ってたら、・・・ふう、疲れました。山を下り、蛇ヶ池や幸助松海岸の平野部に降りてきて一休みです。第一砲台より先の道は、砲台建設時の昔の工事用なのか、意外と幅広で、岩を掘削して作ってありました。

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 平野部ではトイレに行って、小さい地蔵にお参りしてお賽銭入れて、幸助松海岸見に行って・・・あ、海岸でウェーな3人組泳いでる、ミニテントまで用意している、まめだなあ。ところで、後で写真見て確認しましたが、電柱があります。

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↑ 第一砲台から下りて来た広場 右側が幸助松海岸 左側の車の轍は、上は第三砲台へ、下は蛇が池へと続いている。

↓ 広場から蛇が池方面を望む

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 それにしても、島の西端のここまで電気来てるのですね(あとでウィキで調べたら、関西空港の保安施設がタカノス山にある関係で、海底ケーブルで和歌山から電気は来ているらしい。)。

2026年5月14日 (木)

友ヶ島灯台  サマータイムレンダ聖地巡礼記その18 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 第一砲台聖地の横の階段を上っていくと、友ヶ島灯台が見えてきます。
 友ヶ島灯台は雰囲気のある灯台でした。ここから見える島は淡路島ですかね。

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 下の広場には、可愛らしい子午線塔がありました。日本最南端の子午線・・・あ、ここより南は全部海か。あと、アメダスの観測所とかもありました。

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2026年5月13日 (水)

第一砲台は小山の山頂周辺  サマータイムレンダ聖地巡礼記その17 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 第一砲台の全容はよく分かりませんが、今いる小山の、鬱蒼とした林の中に砲台跡がある感じでした。前回、トンネルを上から眺めた地点は丸くレンガの段に囲まれて低くなっており、ここにも大砲が置かれていたのかな・・・と想像できます。また、あちこちから林の中に向かって、塹壕が伸びていて(入れません)、おそらくは砲台へ移動するための通路だったのかなあ、と感じました。

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 第一砲台の、灯台を挟んで向こう側には、鋼鉄製のトーチカと思われる施設が残っていました。機関銃をここから撃っていたのでしょうか。・・・と思ったら、和歌山市ホームページの第一砲台のところに次のような解説が。「砲台の両翼には観測所跡があります。この観測所から海峡を見つめ、敵艦の位置を把握し、砲弾発射角度の指示を出していました。全国の要塞跡の金属部品は、終戦後くず鉄として持ち去られてしまうケースが多く見られますが、この観測所においては、奇跡的にほぼ原型に近い形で現存しています。」・・・あ、ここ観測所か。そういえば上面の鋼鉄板の厚さだと、せいぜい機銃しか防げないものね。

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2026年5月12日 (火)

アニメ通りの第一砲台トンネル手前  サマータイムレンダ聖地巡礼記その16 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 その15を書いた後、辺野古の抗議船沈没による女子高校生死亡事件が起こったり、アニメが新クールに入ったりで、ついつい続きが後回しになっていましたが、サマータイムレンダ聖地巡礼記の続きです。

 

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 前回(3/16アップロード)は、海に臨む第2砲台を見ましたが、今度は小山の上の第1砲台です。少し山道を登り、友ヶ島灯台の階段下、トンネル手前が、龍之介がハイネに喰われた地点です。ここはなかなかアニメ通りの見かけです。

 ちなみに、トンネルの先を上から眺めたとき見えたのが下の写真の場所です。上からは、見ることは可能ですが、立ち入りは禁止です。つまり上写真の聖地は、下から砲台の丘の内部通路に向かう入口にあたる場所だと思われます。

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2026年3月16日 (月)

友ヶ島第2砲台の表側  サマータイムレンダ聖地巡礼記その15 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 聖地巡礼的には、裏から見る崩れた地点が重要なのですが、観光地的には、正面の海とセットの景色がなかなかの素晴らしさです。残念ながらこっちも崩れてはいます、防盾構造で海峡部を斜角に置いていたからか、敗戦後破壊されたようです。

Photo_5正面から見た砲台跡。ここに27センチのカノン砲が1門設置されていた。

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2026年3月15日 (日)

最初の遺跡 第2砲台  サマータイムレンダ聖地巡礼記その14 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 さて。友ヶ島は、結構山がちな地形をしており、海岸が平野とは限りません。海の家から先の道も、上ったり下ったりの連続でしたが、さらに進むと、蛇ヶ池という湿地周辺の平地に出ました。(※先に書いた富士屋別館はそこにありました。)
 平地の道の先にある小高い森が砲台etcのある場所です。(写真よりずっと右側)

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 最初に見に行った遺跡は、第2砲台です。第2砲台はかなり崩落しており、廃墟感のあふれるレンガ造りの建物で、流石に風化が進んでいて立ち入り禁止でした。
 砲台は海に面しており、裏側の崩れた場所がサマータイムレンダに出てきます。

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ここが聖地ポイントです

2026年3月14日 (土)

友ヶ島の観光開発の歴史  サマータイムレンダ聖地巡礼記その13 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 海の家から更にしばらく進むと、往時をしのばせるように、「観光旅館 富士屋別館」 の廃墟もありました。脱衣場やコインロッカーの跡もあり、昔は多くの海水浴客でにぎわっていたと思われます。富士屋別館は意外と奥行きのある建物で、沢山の部屋跡がありました。
 友ヶ島の観光施設の跡が色々あったことに驚いたので、後で調べたのですが、昔は南海グループが観光地として開発していたとのことでした。

Photo富士屋別館 正面

Photo_2富士屋別館 奥の方 だいぶ崩れている

ちなみに。
せっかくですので「富士屋旅館 友ヶ島」で検索してみました。
2008年に家族で来島し、軽トラで送迎されて宿泊した方がおられました。
       海水浴や磯遊びをし、お造りや磯焼きを食べたそうです。
2011年に廃業寸前のところを、4月~9月だけ運営していた方がおられました。
2002年に宿泊され、2016年の再訪時に廃業・荒廃を確認した方がおられました。

 15年ほど前に廃業されたのですかねえ。

2026年3月 5日 (木)

無人島イメージのズレ  サマータイムレンダ聖地巡礼記その12 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

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  ところで、友ヶ島は無人島です。私たちが無人島と言って思い浮かべるのは、「ソウナンですか?」に出てくるような、人の気配の無い無人島です。しかし、現実の友ヶ島は、無人島だからといって、建物が何も無いわけじゃあありません。

 「ソウナンですか?」1巻表紙 2019年7月よりアニメ放送開始、の帯付き。


 最初はさっきのカフェや案内所以外は何もないのかなあと思ってましたが、カフェの裏あたりに神社(登りそびれた)やいくつか使われていなさそうな建物があり、さらに海岸線を右に進むと、3階?建ての建物が見えてきました。…海の家です。近くの海(砂浜ではない)では何人か遊んでいる人の姿もありますので、現役の建物のようです。

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 ナルホド。友ヶ島は無人島とは言っても、それなりに働いてる人がいる観光地なのですね。・・・よく考えれば、観光で船が出ているから当たり前なのですが、砲台の遺跡しか無いイメージでした。
 あれですね。私たちは砂漠のオアシスと聞いて思い浮かべるのが、綺麗な水が湧き出しているパラダイスのような場所なのですが、実際のオアシスは砂まみれの街に泥水が溜まっていて、家畜がその水を飲んでいるだけの場所だったりする、みたいな感じです。

2026年3月 2日 (月)

南雲先生の木の枝  サマータイムレンダ聖地巡礼記その11 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))

 一般的な友ヶ島観光マップ(和歌山市ホームページより)

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一般的には、友ヶ島(沖ノ島)観光は、ここから案内地図の上(南側)に向かい、(乗船時等に配られた一般的な島の案内地図は、聖地巡礼マップとは南北逆)山を登って第3砲台跡へ向かいます。それから時計回りにタカノス山展望台を通り、余裕があれば第1、第2砲台や子午線広場、友ヶ島灯台まで回って来るのがセオリーっぽいです。
 しかし、聖地巡礼的には、最初少し地図上の右(西)に向かうと、南雲先生が逆さにぶら下がっていた木がありますので、まずそちらに向かうことにしました。

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 南雲先生の木の枝は、アニメよりかなり太いものでした。さて。この後、島内をどう進むかが問題です。まあこの流れなら、このまま反時計回りに行く方が正しいだろうと、そのまま第一砲台側から回ることにしました。