友ヶ島の観光開発の歴史 サマータイムレンダ聖地巡礼記その13 (いっとうぎ監督の大阪・関西万博旅行記/番外編(3日目))
海の家から更にしばらく進むと、往時をしのばせるように、「観光旅館 富士屋別館」 の廃墟もありました。脱衣場やコインロッカーの跡もあり、昔は多くの海水浴客でにぎわっていたと思われます。富士屋別館は意外と奥行きのある建物で、沢山の部屋跡がありました。
友ヶ島の観光施設の跡が色々あったことに驚いたので、後で調べたのですが、昔は南海グループが観光地として開発していたとのことでした。
ちなみに。
せっかくですので「富士屋旅館 友ヶ島」で検索してみました。
2008年に家族で来島し、軽トラで送迎されて宿泊した方がおられました。
海水浴や磯遊びをし、お造りや磯焼きを食べたそうです。
2011年に廃業寸前のところを、4月~9月だけ運営していた方がおられました。
2002年に宿泊され、2016年の再訪時に廃業・荒廃を確認した方がおられました。
15年ほど前に廃業されたのですかねえ。


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